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新着: キン肉星王位争奪編 熱闘メモリアル・スペシャル

ひさびさに肉ペディア本体の新着記事です。

ご存知の通り、『キン肉マン』は原作の嶋田先生急病のため、連載が3か月中断したことがあります。この間、『週刊少年ジャンプ』本誌では本編の再録が毎週掲載されたほか、いくつもの企画ページが掲載されました。1985年39号の「キン肉マン激闘グラフィック」はジャンプ・コミックス28巻に付録として収録されましたが、その次の40号からの企画ページは収録されず、『肉萬』などのムックに断片的に取り上げられるほかは幻となっています。それがこちら。

特に重要と言えるのは読者応募超人発表(42号)でしょうか。ここでは真ソルジャーチームのザ・ゴッド・シャークが発表されています。また、4回目の人気投票(46号)は単行本やムックなど公式に結果が収録されたことがありません。

42号から48号には「週刊ゆでたまごニュース」として病状の報告や読者ハガキの紹介がありましたが、中でも4コマ漫画「腰痛タカちゃん」は単行本未収録、原作・作画とも中井先生という意味でも貴重です。

肉萬~キン肉マン萬之書―普及版 (Kinniku comics)

著者/訳者:ゆでたまご

出版社:集英社( 2008-12 )

定価:

Amazon価格:¥ 6,450

コミック ( 327 ページ )

ISBN-10 : 4087821935

ISBN-13 : 9784087821932



覆面狩りポスター

先のエントリで書いた、伝説の「覆面(マスク)狩りポスター」が付録の『週刊少年ジャンプ』1984年35号が届きました!
WJ1984年35号 表紙
収録サブタイトルは「マスク・ジ・エンド!!の巻」。ジャンプ・コミックスでは22巻ラストですね。
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ウルドラマン

実にお恥ずかしいことですが、ウィキペディアの記事を鵜呑みにして嘘を公開していました。問題の記述はこれ。

WJ初出時はウルトラマン。
ウルドラマン – Nikupedia 2007年11月13日 (火) 23:34 版

当初は「ウルトラマン」だったが現在では今の名前に修正されている。
キン肉マンの登場人物 – Wikipedia 2007年8月28日 (火) 02:44 (UTC)

実際にWJ1979年49号を確認してみたところ、そのような事実は全くなく、普通に「ウルドラマン」となっていました。以下の写真の通りです。
初出時からウルドラマン
2色刷なので本誌掲載版とお分かりいただけると思います。

現在の最新版では修正し、ウィキペディアからも除去しておきましたが、「ウルドラマン ウルトラマン」でGoogle検索すると肉ペディアの問題の記述がトップに来るという状況を下手すると1年以上放置していたわけで……実に申し訳ないです。今後確認を徹底したいと思います。


80年代ジャンプ収集中

80年代ジャンプ
最近いくつかのエントリで触れていますが、キン肉マン連載当時の週刊少年ジャンプを集めはじめました。と言っても8年間400冊を揃えると大変なことになるので、ポイントを絞ってますが。

巻頭折込ポスターの裏に人気投票や超人募集の発表があったりするので、そういったものを中心に集めています。上の写真中央に写っているのは1985年28号のコスチューム募集発表。すぐ上はヨロイマンのエントリにあった1984年20号ですね。このほか、血液型・スリーサイズ設定が載った唯一のソース(であるはず)の「JUMPオールキャラクター名鑑」という袋とじが付録の1986年37号なんかも(これの存在は閉鎖された「肉で行こう!!」さんで知りました(魚拓)。今更ながら感謝)。ぼちぼちこの辺のデータ類を表に反映させようかと思います。

で、先日とうとう、あの伝説の「マスク狩りポスター」が付録になった1984年35号を落札してしまいました!と、これが言いたかっただけの自慢エントリでした。届くのが楽しみー


ヨロイマン

ロビンマスクの読者投稿時の名前はヨロイマンだった。

……という話はネット上でよく見かけますし、もはや既成事実と化している感さえあります。ところがこの説、出典らしい出典が見つからないんですよね。少なくとも単行本その他、ISBNの付くような書籍では発見できていません。

当時もののジャンプ本誌を入手したりもしてるんですが、ロビンマスク初登場の1979年49号と直前の48号には見つかっていません。調べたのがこの2号だけなのでまだ何とも言えませんが。

というわけで情報お持ちの方いらっしゃいませんでしょうか。お待ちしています。

追記 20090514

その後、私もWJ1984年20号を入手し、コメントで頂いた情報が正しいことを確認しました。


キン肉マンの未収録扉絵

以前のエントリでちらっと触れましたが、最初の超人オリンピック編の「キン肉マンの爆弾発言の巻」「狂乱ロビンの巻」の2話は、それぞれ2週分を1話として単行本に収録されています。なので、連載は全389回なのに対し収録話数は387話となっているのです。

以上は2chで教えてもらったことですが、自分の目で確かめずに肉ペディア本体に書くわけにはいかないので、このたび『週刊少年ジャンプ』のバックナンバーを入手しました。

まずは1980年13号と14号。13号「キン肉マンの爆弾発言の巻」はキン肉マンが国外追放ルールを提案して、ミートくんが「たく 王子はなんてこといいだすんだ」と頭を抱えるところまで。14号はその次の、委員長がルール採択宣言するところからです。サブタイトルは「上野の森は大混乱の巻」。2話をくっつける際に特段編集等は行われていませんでしたが、扉ページは当然省かれていて、これはジャンプ・コミックス4巻30ページのカットとして小さく載せられています。
WJ1980年14号 キン肉マン扉絵

続いて、1980年21号と22号。21号「狂乱ロビンの巻」は、ブチ切れたロビンがペンジュラム・バックブリーカー後高くジャンプするところまで。「死のコース」ですね。22号は落下してキン肉マンの背中に突き刺さるところから始まります。サブタイトルは「死のメニューの巻」。こちらの扉ページは単行本には見つけられず、どうやら未収録となっているようです。
WJ1980年22号 キン肉マン扉絵
ちなみに、上の画像を見ると分かるようにロビン戦のサブタイトルには「決勝シリーズPARTVI」のような冠が付けられています。


キン肉マンレディー 第13話

12/5に『キン肉マンレディー』第13話が公開されていました。委員長女体化は何度見てもキモいなあ。

オリンピック決勝前の記者会見、「キン肉マンの爆弾発言の巻」に相当します。今回もミート君によってキン骨マンたちの企みが未然に防がれた、と思ったら動物の代わりにカナスペが巨大化です。
ところで以前2ch肉スレで教えてもらったんですが、「キン肉マンの爆弾発言の巻」と「狂乱ロビンの巻」は、雑誌連載ではそれぞれ2話分を単行本では1話として扱っています。ページ数を数えると他の回の倍あることが確認できると思います。なので、週刊少年ジャンプの掲載回数は389回で、単行本でサブタイトルを数えると387話なのです。


キン肉マンのジャンプ本誌掲載順の推移

ジャンプ情報局さんの掲載順位データを使って、『キン肉マン』の掲載順をグラフにしてみました。

キン肉マンのジャンプ本誌計算順グラフ

キン肉マンのジャンプ本誌計算順グラフ

1979年22号から1987年21号までの全389回。休載中の1985年39号から49号までは再録が掲載されていましたが含めていません。
前半は全体に振れ幅が大きいですが、よく見ると上位に掲載されているのはほとんど2位です。これはおそらく、

その上、原稿料が少ないのに配慮して、編集部がギャラの高い2色ページを多くふってくれたんですよ(笑)。
『ゆでたまご先生』 その2 | まんがのチカラ | まんが☆天国

このような事情によります。
滑り出しは順調で、1980年の初め頃最初のピークを迎えています。超人オリンピックが決勝トーナメントに入ったあたりですね。この後決勝のロビン戦あたりから下降を初め、80年後半のアメリカ遠征編で人気が低迷したのはゆで先生がよくインタビューで述べている通りなのですが、実はその後も掲載順の降下は続いていました。テコ入れのために始めたはずのザ・ビッグファイト編(2回目の超人オリンピック)でも回復せず、1981年36号のウォーズマン戦開始からは3週続けて14位というどん底にいます。
決勝戦の後半あたりからようやく上昇に転じ、悪魔超人編から黄金のマスク編にかけて順調に順位を上げていきます。1983年前半、五重のリングからキン肉マン対アシュラマン戦あたりでは3位に掲載されることも多くなり、万全の状態で4月開始のテレビアニメに繋ぎます。1984年以降からはすっかり上位で安定して、1986年前半までは6位がわずか2回であとは全て5位以上、しかもこの時期のライバルというと『北斗の拳』『キャプテン翼』『ドラゴンボール』といういずれも伝説的な人気作。特に前二者はゆで先生も意識していたようです。

― 少年ジャンプの黄金期を支えた2作品ですが、お互いに影響を受けた部分などはありましたか?
ジャンプでは読者の人気投票というのがガッチリありますから、ちょっとでも気を緩めると(人気ランキングを)抜かれちゃうんですよね。今の上位は、ある程度固定しているみたいですけど、当時は『北斗の拳』だ、『キャプテン翼』だ、『キン肉マン』だっていう風に毎週変わっていたんですよ。
ワールドカップ2006  嶋田隆司(ゆでたまご)・ワールドカップと私  – livedoor スポーツ

嶋田: 『キャプテン翼』とか『北斗の拳』とかの人気が出てきて。
中井: とにかく毎週がライバル作品との戦争でしたからね。
Copyrighted:ゆでたまご先生のキン肉トーク – Nikupedia

1986年後半に入り、王位争奪編の対フェニックスチーム戦が開始したあたりからは下降を始め、以後回復することなく1987年21号の最終回を迎えます。最後の方は後半が定位置で、19号では後ろから2番目という寂しさ。それでもきっちりと完結できたのだからジャンプ漫画としては報われた方なのかもしれません。連載終了の経緯については、ゆで先生は

当時のジャンプでは、連載は人気の高いうちにやめるのが美しいという美学があったんです。
Copyrighted:運命の選択肢 キン肉星王位争奪編 – Nikupedia

嶋田: ところが「王位争奪編」が思った以上に時間がかかってしまったんですよ。途中で僕が腰痛で入院したためさらに長引きましたからね。それで「人気があるうちにカッコよく終わろう」と、大増31ページで最終回を迎えることにしたんです。
Copyrighted:フィギュア王 No.119 インタビュー – Nikupedia

あちこちでこのように発言されてますが、さすがにこれは記憶の美化でしょうね。ちなみにテレビアニメは1986年3月からオリジナルの「ザ・サイコー超人の挑戦編」、4月に時間帯移動して火曜日19:00からに、9月に終了しています。掲載順の下降とシンクロしているようにも見えます。
個人的にはビッグファイト編がどん底だったというのがちょっと意外でした。アニメが始まってからの人気はさすがのひと言。王位編は緩やかな下降だったと思いこんでいたんですが、実はフェニックス対ソルジャーまでは順位を保っていたんですね。


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